現代は情報で溢れている。現代社会において、検索エンジンを使った事がない人などいないといっても過言ではないだろう。一つのキーワードでそれこそ何十万という関連語句が出てくる。何でも現代人が一日で触れる情報量の多さは江戸時代の一年分だとか。平安時代と比べると、実に一年分にもなるらしい。なるほど。江戸時代で考えてみると、その時代の人は基本的に情報伝達手段がない。人々は徒歩での移動が基本だし、それ以外は馬に乗るくらいだろう。一日に行動できる範囲など、たかが知れている。長屋のおかみさん連中などは、長屋以外に出る機会すら稀だったらしい。それはそうであろう。当時は洗濯機も掃除機も炊飯器もないのである。子育て中であっても、使い捨てのオムツなど勿論ない。選択後の脱水だって、ままならいものだから、今の時代からすれば、ビチャビチャのまま干しているのに等しいのだ。つまり、一日が家事労働で終わるのだ。買い物など行っている暇もないのである。もっとも、良くできたもので、その時代は外に買い物に行かなくても行商人が売りに来てくれたのだ。いわゆる、棒手振りというやつで、豆腐、納豆、魚、野菜、等々、とにかく長屋から外に出る必要などなかったのだ。そんな時代なので、行商人も大変である。商売をサボると、すぐに、おかみさん連中から小言を食らったらしい。「ちょいと、熊さん、ここんとこ、連日来なかったね。困るじゃないか。あたしら、あんたを当てにしてるんだから、毎日、顔出しなさいよ!」なんてことを言われたらしい。
過激な記事ほど読まれる
つい、話しが逸れてしまったが、現代はそんな悠長な時代ではない。一歩も家の外に出なくても、買い物はAmazonで可能だし、PCがネットに繋がってさえいれば、情報などつかみ放題である。そして、あまりにも情報が多い為に、どうやったら自らの情報を多くの人に見てもらえるかという問題にさらされているのだ。自分の情報を目立つようにしようとすれば(例えばそれが、ある種の記事になっているとすれば)、よりセンセーショナルなヘッドラインや見出しを付けてしまう。さらに、記事の内容が過激であればあるほど、多くの読者を獲得できるということも、大抵の記者は知っているし、そのようなテクニックをつかってしまう。もう少し詳しく言うと、ある種の悪質な記者は、人々が誤解をするように書くのだ。また、それは記者に留まる話ではない。今回の主題である、ダイエットに関する話であれば、自らの推奨するダイエットメソッドに関して、全ての情報を提示して、読者に選別させるというような書き方をしないことがある。そうなると、読み手は、発信者の一方的な情報しか得られないというようなことが発生する。そして、発信者が医師とか栄養士という肩書を持っていると、その肩書から「ウソやいい加減なことは言わないだろう」と、いとも簡単に信じてしまうのだ。
実に罪深い話しである。しかし時代は否応なく進んでいる。我々一般の読者ができることは、情報に対して常に疑問を持ち、反論も確認し、もしも元ネタが他にあるのであれば、できれば一次資料を確認するしかない。具体的に深掘りしてみたいと思う。
糖質制限の元祖的存在の場合
糖質制限を大々的に推奨し、何冊もの著書を出している、Eさんという医師がいらっしゃる。
彼自身、糖質制限食を実践し、自らの糖尿病を克服されたようだ。その実体験から糖質制限食を体系化し、今でも糖質制限を世に広める為に尽力しているようだ。E医師の立ち位置は、糖質制限食は善であり、完全であるという立場である。その姿勢は、記事の書き方にも表れている。彼の書いた、ある有名誌のオンライン記事を見てみよう。ヘッドラインには「糖質制限論争に幕」というようなことが書かれている。その記事には権威ある医学雑誌にこんな研究が発表されたとあり、下記の事が書かれている。
カナダ・マックマスター大学のMahshid Dehghan博士らが報告したもので、5大陸18カ国で全死亡および心血管疾患への食事の影響を検証した大規模疫学前向きコホート研究の結果です。
要旨は下記の通り
- 炭水化物摂取量の多さは全死亡リスク上昇と関連
- 総脂質および脂質の種類別の摂取は全死亡リスクの低下と関連
- 総脂質および脂質の種類は、心血管疾患(CVD)、心筋梗塞、CVD死と関連していない
- 飽和脂肪酸は脳卒中と逆相関している
早い話が、
- 炭水化物は食べ過ぎると死ぬ
- 脂肪を摂っても死なない
- 脂肪をとったことと、心血管疾患、心筋梗塞は無関係
- 脂肪を摂るほうが脳卒中にならない人が多い
メチャメチャ大雑把だが、こんな解釈になる。
E医師は、先の研究結果を引用して、「どうだ。俺の主張は正しいだろう」と、言っているのだ。彼にしてみれば自らの考え方を証明してくれる研究は大歓迎であろう。気持ちは解る。しかし、改めてこの研究の為に選ばれた18ヵ国を見てみよう。下記の通りである。
18ヵ国を所得別に高所得3国(カナダ、スウェーデン、アラブ首長国連邦)、中所得11国(アルゼンチン、ブラジル、チリ、中国、コロンビア、イラン、マレーシア、パレスチナ自治区、ポーランド、南アフリカ、トルコ)、低所得4国(バングラデシュ、インド、パキスタン、ジンバブエ)
この研究には日本はもちろんの事、アメリカ、イギリスなどの先進国は含まれていない。確かに、高所得国であれば、肉や脂肪分に富んだ食品も多く手に入るだろう。しかし、低所得国ではどうだろうか。食糧事情が所得により大いに変化するのは容易に想像できる。さらに、この研究によると、例えばアフリカの死因の第一位は感染症である。低糖質とか、高脂質とか、そういう問題ではない。とくかく食事とは無関係であろう。
そして、何より、この論文の筆者自身が次のようなコメントをしている。
何故E医師は、研究者のこのような言葉すら紹介しないのだろうか。理由は一つしかない。都合が悪いからだ。彼からすれば自ら実践し、低糖質食で健康になったメソッドである。しかも、自身が経営する診療所においても、数多くの患者さんに指導してきたようだ。実績もおありであろう。多くの著作を書き、発信力を高め、多くの患者さんを救ってきたと色々なメディアで取り上げられることは、マーケティングという側面から考えれば必ずしも間違いではない。さらに、病院経営という観点からすれば、低糖質食のマイナス面を伝えるのは決して得策ではないであろう。彼の立場に立てば、そうせざるを得ないではないか。彼は医者であるが、研究者ではないのだ。別に真理を追究する必要はない。
このような事例は何もE医師だけではない。それこそ巷には、溢れているのだ。だからこそ、情報の受け取り手である私達がリテラシーを持たなければならないのだ。
彼のメソッドに合う人もいれば合わない人もいる
彼の著作をAmazonでみてみる。コメントも多数寄せられていて、おおむね評価が高い。評価が高いのは、それが良書である証拠だ。という人もいるだろう。果たしてそうであろうか。こんな書評を見つけた
とある。20人近くの人がこのコメントが参考になったとしている。糖質制限に反対する人達を無知と決めつけている。さらに、食品業界のお抱えだと断じている。そんな証拠が一体どこにあるのだろうか。しかも、日本の食品業界は腐りきっているらしい。つまり、このコメントを書いた人には、E医師は、腐りきったこの社会に一人、立ち向かう勇気ある孤高の医師に見えるのだろう。
世の中には様々な人がいて、様々な意見がある。このコメントのように、陰謀論をかざす人がいても何ら不思議ではない。このコメントを書いた人はきっと純粋な人なのだろう。人の意見を真に受けてしまう人なのだとう思う。しかし、残念ながら、リテラシーのある人には見えない。リテラシーがあれば、ここまでステレオタイプな書き方にはならない。
人間だれしも、自分の主張に合う人の意見は無条件で賛同しがちである。しかし、ここで踏みとどまって頂きたい。盲目的に信じるよりも反論も良く聞いたうえで判断を下しても決して遅くはない。どんな健康法でもダイエット法でも試すのは自分自身である。自分の健康が害される可能性も良く考慮する必要がある。少なくとも、今回のE医師のように、自分に都合が悪い意見を取り上げないような医師の言葉は注意深くなる以外にないのだ。
皆さんもどうか、メディアの記事に惑わされないように、お気をつけください。
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